大判例

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新潟地方裁判所 昭和47年(ヨ)245号 決定

債権者

前田長栄

右代理人

坂東克彦

外五名

債務者

北越製紙株式会社

右代表者

桜井督三

主文

債務者は債権者に対し、別紙債権目録記載の金員を仮に支払え。

(正木宏 井野場秀臣 奥田孝)

債権目録

金三、五五二、五〇三円

内訳

(一)退職金 金二、四一七、七〇〇円

(二)昇給差額未払分 金三七一、一七二円

(三)一時金未払分合計金七六三、六三一円

(1)昭和四四年夏 金 九一、九七六円

(2)同年冬 金一一〇、一八一円

(3)昭和四五年夏 金一二〇、四九六円

(4)同年冬 金一四四、〇九七円

(5)昭和四六年夏 金一四三、四一九円

(6)同年冬 金一五三、四六二円

但し、右(二)は昭和四四年四月から昭和四五年一二月までの昇給差額分である。

仮処分命令申請書

〈前略〉

申請の理由

第一、当事者

債務者会社は、紙類・パルプ及び、その副産物の製造・加工及び販売等を業とする株式会社(以下単に会社という)であり、債権者は、同会社に昭和二二年一一月一七日入社し、以来従業員として労働していたものである。

第二、被保全権利

一、会社は、昭和三九年六月一六日の、いわゆる新潟地震の被災からの再建を口実に、同年九月三〇日付で債権者を解雇した。しかし同解雇は、第一に解雇権を濫用するものであり、第二に不当労働行為でもあり、第三に労働協約・労使慣行上の協議義務に反し、第四に解雇基準(帰休者選定基準)が不合理であるのみならず、これを恣意的に適用するものであり、いずれの点からいつても許されない無効のものであつた。

二、そこで債権者は、他の二二名の被解雇者とともに御庁に対し、会社の従業員たる地位確認と、昭和三九年一〇月一日以降昭和四四年四月分迄の賃金の支払を求める本訴を提起したところ、昭和四〇年(ワ)第一五三号事件をもつて四年有余にわたる慎重審理の結果、昭和四四年一〇月七日、債権者をはじめ二三名の右請求が全面的に認容される判決が下くだされ、債権者も右賃金の支払を得た。

右判決は、債権者の主張のうち解雇権の濫用の主張をとりあげ、本件解雇を無効としたものであるが、その要点等も右判決と、右判決に続く再三にわたる賃金支払仮処分命令申請事件において、主張・疎明してきたところであり、貴裁判所に顕著なものである。

三、その後会社は、不当にも一審判決を無視して、賃金昇給差額分・一時金・夜勤手当分等の支払を拒否し続けたため債権者はこれらの賃金支払を申請したが、貴裁判所はそのうち次のとおりの仮処分決定をなした。

(一) 昭和四五年一二月二四日―昭和四四年四月当時の賃金(但しベースアップ分は含まず)を基準として、四四年五月以降四五年一一月分までの賃金と、同年一二月以降毎月二五日限り各月の賃金を支払うこと(昭和四五年(ヨ)第三〇二号)。

(二) 昭和四六年一二月二三日―昭和四六年一月分より同年一一月分までの昇給差額(本訴判決適示の金額との差額)の合計と、同年一二月以降毎月二五日限り同年四月分の賃金を基準にした毎月の右昇給差額分を支払うこと(昭和四六年(ヨ)第三二七号)。

(三) 昭和四七年七月四日―昭和四七年夏期一時金及び債権者を除く他の二一名の被解雇者については、同年四月度昇給差額分を毎月二五日限り支払うこと(昭和四七年(ヨ)第一三一号)。

四、よつて会社は、後述する退職金のほか、左のとおり債権者に対し未払賃金を支払う義務を負つている。(計算方法等の詳細な説明は疎甲三号証の一、二参照)

(一) 昇給差額分合計金三七一、一七二円

各年度における昇給後の基準内賃金から本訴判決金額を控除したもの。

(1)昭和四四年四月分から四五年三月分まで

五三、四九〇円―三九、七八八円=一三、七〇二円

一三、七〇二円 一二ケ月=一六四、四二四円

(2)昭和四五年四月分から同年一二月分まで

六二、七六〇円―三九、七八八円=二二、九七二円

二二、九七二円 九ケ月=二〇六、七四八円

(二) 一時金未払分合計金七六三、六三一円

(1)昭和四四年度夏金 九一、九七六円

(2)冬 金一一〇、一八一円

(3)昭和四五年度夏金一二〇、四九六円

(4)冬 金一四四、〇九七円

(5)昭和四六年度夏金一四三、四一九円

(6)冬 金一五三、四六二円

五、しかるところ会社は、債権者に対し、債権者が昭和四七年五月二一日限り会社所定の就業規則で定める定年退職に該当するに至つたことを理由として、前記三の(一)、(二)の仮処分決定につき、昭和四七年六月以降将来にわたる賃金支払を命じた部分を取消す旨の申立をなし、御庁は同年七月三一日これを認容した(昭和四七年(モ)第二八四号)。

債権者は、右定年退職として扱われるのは不満であるが、会社がこれを主張し、裁判所がこれを認容した以上、会社は右就業規則にのつとつて定年退職金を支払うべき義務を負つている。(支払日は退職時より二〇日以内)―疎甲第二号証の五

そしてその退職金の数額は次のとおり、合計金二四一七、七〇〇円となる。(疎甲三号証の三)。

(一) 一般退職金 金一、八九九、七〇〇円

基礎額(退職時の職能給及び本人給、即ち金六一、二八〇円)に支給率(債権者は勤続二五年であるから支給率は三一)を乗じたもの(百円未満の端数切り上げ)。

(二) 特別附加金

(1)精勤加算 金二八五、〇〇〇円

一般退職金に精勤加算乗率(勤続二五年は一五%)を乗じたもの(百円未満の端数切り上げ―疎甲第二号証の五、三頁)。

(3)永年勤続加算 金二三三、〇〇〇円

勤続二五年、三等級(疎甲第二号証の三、八八頁)。

第三、仮処分の必要性と重要性

一、退職金は、日本の労使関係における終身雇傭制のもとで生れた賃金のあと払いである。

あるいは一時金、あるいは退職金といつた賃金のあと払いの保障によつて、かろうじて毎月の低賃金による生活が維持されていく。もし退職金がなければ、労働者は毎月の賃金からかなりの部分を老後の生活保障のためさしひき貯えなければならない。

しかし毎月の現実の賃金は、むしろ一時金などによつて補填されて、ようやく小康を得る程度のものでありこそすれ、老後の生活保障のために一定の基礎を築いてゆくのに足りる程のものではない。この老後の生活保障は賃金のあと払いたる退職金にゆだねられている。とりわけ、世論からも強い批判をうけている五五才という早期の定年制のもとでは、労働者は定年だからといつて退職金をたべて生活していけるような身分でないのは勿論、むしろ、もつとも生活費のかさむ時期において、定年退職者という不利な烙印をおされ、第二の人生の荒波の中に投げ出されてしまうものである。退職後は、賃金が半分以下になりながら、退職会社の傍係小会社に入れるのは、まだ運が良い方で、ささやかな退職金をもとでにして、なれない商売をやつて失敗し、負債まで負うような非惨な例は枚挙にいとまがない。そうした厳しい状態の中でも、労働者は何としても老後の生活を生きぬかなければならない。そのためにはどうしても退職金がなければお話にもならない。

老後を生きるための第二の人生の生活設計がたたないのである。しかも事は急を要する。なぜなら、第一に退職とともに労働者の毎月の賃金が打ち切られるからである。賃金のみに頼つて生きている労働者にとつては、それ自体決定的な打撃である。この賃金による生活のささやかな代償としての退職金がすぐに支払われなければ、労働者が重大な困難に直前するのは火を見るより明らかである。第二に、退職後の生活設計は速かにたてられなければならない。老年の門口に達した労働者は退職とともに急速に老いていくが、なれない商売などをあらたにやるにあたつては大きな精神的・肉体的苦労をかさねなければならない。歳月を経たのちに退職金が入つても、その時にあらたな事業をはじめる精神的・肉体的ゆとりが維持されているかは疑問である。少くとも、支払いが遅れれば遅れる程、それだけ生活設計をたててこれを実行する労苦は大きくなり、たえがたくなつてゆく。

可能な限り急ぐのは当然といわねばならない。

二、以上の点は債権者にとつて、さらに深刻にあてはまる。(疎甲第十一号証)もともと債権者は、兵役に従事させられたこともあつて、勤続年数は二五年にせばまつており、退職金は他の定年退職労働者に比べても少くてささやかなものである。しかも、すでに八年にわたり解雇撤回闘争を続けてきたものであり、通常の就労者以上に有形無形の負担をこうむつてきており、生活は大きく侵害されてきた。そのために債権者は健康を害し、高血圧・糖尿病のため昭和四四年一一月二四日から四五年三月五日迄と、四六年二月九日から同年三月五日迄の間入院治療をうけ、現在でも通院治療中である。(疎甲第七号証の三乃至五)

これでは、定年退職後のアルバイト労働の範囲も大きく制限させる。それでも、相当の無理をしてでもがんばらなければと市場に魚屋の店を出すことも考え、知人に見積書を作成してもらつたところ(疎甲第六号証の一乃至三)、設備資金だけで百数十万円の資金を要するといわれ、途方にくれている有様である。また三九年の地震で家屋が被害をうけたこと、家族五人で六畳二部屋というせまさのため、やむをえず、本訴勝訴により得たバッグペイで家屋を改築したところ、その借金が六〇万円残つていて、その支払を待つてもらつている状況である。しかもなお、今後も会社が不当に解雇し、復職を拒否してきたことに対する正当な補償をさせる闘いにも、それなりに続けねばならない。債権者は、このように大きな負担不利益をかぶつているうえに、いま毎月の賃金を打ちきられ、大きな生活不安のさなかにおかれている。もはや一刻の猶予もなく、会社は債権者の一切の未払賃金を支払、債権者の生活破壊をこれ以上押し進めることは許されない。債権者としては、到底退職金その他未払賃金請求の本訴の確定判決を待つてはおれないのである。

三、しかも、このように退職金等の支払を求めているのは、元来会社側の主張に沿つているのである。賃金支払仮処分命令による債権者の毎月の賃金の取得を、定年退職を主張して取消させたのは、まさに会社である。自ら主張した者はその主張に責任をもたねばならない。

「身分関係を争い、定年退職は予備的に主張したもの」といかに述べようと、その身分関係は第一審本訴判決によつて充分に疎明されているのであるから、残るところは予備的主張にしろ、それが認められた以上、それに必然的にともなつた責務も実行しなければならない。現実問題として、会社の定年退職の主張により、債権者の毎月の賃金は打ち切られているのである。会社が定年退職の主張により、いわば利益を得た以上、その主張に随伴する不利益も(実際には不利益といえるものではないが)甘受しなければならない。裁判所もまた同様の責務があると考える。申立によるとはいえ、裁判所が定年退職の主張を認容し、債権者の毎月の賃金支払を打ち切つて、定年退職という法律関係を仮執行宣言付で、その形成された法律関係にしたがつて退職金支払の法律関係も、仮執行の宣言にかわる仮処分で形成されなければならない。右仮処分の取消判決で「従業員である以上就業規則の全部適用を受けるのは当然」と判示されているのにしたがい、債権者は、まさに「就業規則の全部適用」にのつとつて就業規則所定の退職金を請求しているものである。もしこれが否定されるならば、いかに形式的な法律論が並べられようと、それは正義・公平という法の大原則にもとることとなるのは明らかである。これはまた、一審本訴判決により、当時定年退職金の支払を得た若林正平の例に比しても、いちぢるしくアンバランスとなることも明らかである。われわれが、いずれの面からみても、正義・公平の立場に立つて請求している債権者の主張が容認されることを疑わない。

四、右当然の事由にたつて、前記仮処分の取消判決以来、債権者は会社に対し、任意の退職金支払を求め、たびたび要求してきたが、会社は理不尽にも支払おうとしない。ついに、新潟労働基準監督署も、昭和四七年九月一六日、会社に対し、「会社が、昭和四七年五月末日をもつて定年退職となる、と主張している以上、労働基準法第二三条の定めにより、同日現在の退職金、差額金、一時金をすみやかに支払うよう文書で勧告した。(疎甲第一四号証)。その後も同監督署から、たびたび会社に口頭で履行を求めてきたが、会社は乱暴にもこの勧告さえ無視している。もはや最後の手段として、貴裁判所の速かなる命令を得るほかなく、ここに本申請に及んだ次第である。

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